地下鉄サリン事件から23年

…とのことです。

事件当時、私は大学生でした。直接被害を受けたわけではありませんが、連日の報道や、事件の舞台となってしまった当時の営団地下鉄をはじめとして各交通機関が事件を受けて駅などの警戒を強化する始めたことなどを受けて、世の中が非常に物々しくなっていったことを思い出します。

しかし、23年経っても、首謀者の刑は執行されず、それ以外の実行犯の多くも拘束されたままです。また、23年経っても、被害者やその家族、遺族の傷は、癒えていません。

その一方で、この事件はマスコミなどでも大々的に報道されましたが、とくに民放では、小中学生の弱いものいじめと大差ないような、ターゲット(ここではオウム真理教)をただ小馬鹿にするだけの、貧弱な内容を垂れ流すことが多くなりました。そこには、被害者やその家族、遺族に寄り添う姿勢も、事件を真剣に問題視しようという姿勢も見受けられません。これは、その十年後に発生した、福知山線脱線事故の時の報道でも、全く改められていません。叩く対象がオウムからJR西日本に変わっただけという印象でした。

そのようなことがあり、私はマスコミ、とくに特定の民放グループの報道は、目にするのも嫌になってしまいました。故に私は現在はテレビを所持しておりません。モンスターハンターワールドは4Kモニタ(チューナ無し)をわざわざ買ってプレイしていますしね。

閑話休題。近年私は国会前などの抗議行動やデモに参加するために、事件が発生した霞ヶ関駅を利用する機会が多くなっています。東京のある程度以上の規模の乗換駅は、なれた人でも迷うような迷路のような構造になっていますが、霞ヶ関駅も例外ではありません。おそらく私があの事件の場にいたならば、まず間違いなく助からなかったと思います。

よく使う鉄道駅の構造も、意外と把握していないものです。今一度、鉄道駅の構造をしっかりと把握し直し、万が一の時にも迷わずに逃げ足せるようにしなければならないと思います。

そして、この事件は、日本の首都を震撼させた大規模なテロ事件として、後世に語り継がれなければなりません。ただでさえ、語り部がいなくなると、物事は忘れ去られやすくなるのですから…。

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